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64年東京五輪メモリアル・ストーリー ~鳴海製陶~


▲64年東京五輪で使用された食器=鳴海製陶本社で

~選手村で使用された鳴海製陶の食器~

2020東京五輪選手村で使用される食器は、プラスチック製の使用禁止を受けて、紙皿や金属製のスプーン、フォークなどを使用することが昨年話題となりましたが、1964年の東京五輪ではどうだったのでしょうか。…実は、「鳴海製陶」(本社/鳴海町伝治山)の食器が使用されていました。

同社の食器が使用された縁は、32年のロサンゼルス・オリンピックまでさかのぼります。同オリンピックの団体競技種目であるホッケー男子で、日本のチームが団体競技としては日本初の銀メダルを獲得。この快挙を成し遂げたメンバーの中に、後に同社社長を務めた宇佐美敏夫さん(1908~91年)の姿がありました。

「宇佐美さんは戦後日本ホッケー協会理事、副会長を歴任し64年の東京五輪では競技運営委員長を務めました。詳細は分かりませんが、当社の食器が使用されたのも、宇佐美さんのご尽力が大きいのでは」と同社経営企画室の田中康雄さんは話します。

「ボーンチャイナ」で名高い同社ですが、64年東京五輪当時の主力は一般磁器「チャイナ」製食器を作っていて、食器の表側に「Narumi China」と印字されています。田中さんは「表側に印字したのはNARUMIブランドを世界にアピールしようという宇佐美さんの発想じゃないかな」と話していました。

▲お話を伺った田中さん=同