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緑区の歴史宝箱①~大塚古墳・赤塚古墳跡~

金銀ブレスレットの貴人が眠る
大塚古墳と赤塚古墳跡


▲大塚古墳。入り口が分かりにくいので、標識に注意

 

緑区の歴史遺跡というと、桶狭間古戦場や大高城など戦国時代のものが有名です。しかし、区内には縄文時代早期(約1万2000年~7000年前)と思われる貝塚から、明治時代を代表する名工が造った寺院まで、たくさんの歴史遺産が点在しています。

 

古墳というと、世界文化遺産に登録された大仙陵古墳(伝仁徳天皇陵)を思い浮かべる人が多いでしょう。あれほど巨大なものではありませんが、緑区内にも、大高や鳴海の丘陵地帯に古墳が点在しています。市バスの伝治山停から徒歩5分の大塚古墳と赤塚古墳跡を訪れてみました。

古墳は、3世紀から7世紀にかけて日本各地に造られた天皇家をはじめとする豪族の墳墓です。自分たちの領地を見渡せるような高台に築かれることが多いのですが、大塚古墳も赤塚古墳跡も、今は新しい住宅に囲まれてしまっています。しかし、松が根台にあった大根古墳のように、宅地化で消滅してしまったものもあるので、形だけでも残っているのはうれしいことです。

大塚古墳は、昭和5年に発掘調査が行われ、古墳時代後期(7世紀ごろ)のものと考えられています。直径は20メートル。今は高さ3メートルの土が盛られていて、当時の円墳の姿が再現されています。

 

そこから50メートルほど離れた所にあるのが赤塚古墳跡。古墳の規模も造られた時期も大塚古墳と同じころと推定されています。こちらは玄室の石組み(約3メートル×2メートル)が露出しています。文化年間(1804~1818年)に発掘されたという記録が残っていますが、昭和5年に再発掘されたときには、人骨や金環、銀環などの副葬品も見つかっています。


▲元は円墳だった赤塚古墳跡。玄室の石組みが露出している

 

両古墳とも、埋葬されていた人は不明ですが、金銀の装飾品を身に着けて眠っていた人は、周囲の変化をどう思っているでしょうか?

★「緑区の歴史宝箱」では、身近にあっても見落とされがちな「地域のお宝」を紹介していきます。