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歴史宝箱②~愛知用水~

日本の技術力復活の象徴

大規模な土木工事は先人の知恵、汗と涙、そして助け合いの力を象徴するものです。緑区内でも、区民の暮らしを今も支える愛知用水は、区民だけでなく日本の誇りといってよいでしょう。

尾張の丘陵地帯から知多半島にかけては、起伏が激しく、大きな川もなかったため、いつも水不足に悩まされていました。区内にも点在するため池は、その歴史を今に伝えます。1947年に起きた大干ばつでは、ため池も壊滅的な被害を受けました。それをきっかけに、用水を建設する運動が始まりました。

岐阜県の八百津から木曽川の水を取り入れ、知多半島の南端へ運ぶ、112kmの水路の建設です。着工は昭和32(1957)年。当時の日本は、まだ第二次世界大戦の敗戦の影響から抜け出しておらず、技術的にも経済的にも大きな困難が待ち受けていました。まさに国運を懸けた大工事。これを5年で完成させたのは驚異といえるでしょう。

今、私たちが目にするのは、川幅10m、水深2mほどの穏やかな流れですが、実はあちこちに驚くべき工夫がされています。例えば清水山2丁目にある「大高サイホン」。愛知用水の流れは、サイホンの理論を応用して、ここから新幹線の線路をまたぎ、東海道線や水主ヶ池の地下を通り、高根山でまた地上に現れます。大高サイホンは、あらゆる障害を乗り越えて水を運ぶ、強い思いの象徴のような場所です。(隨)

▲大高サイホン。高圧に耐える強固なコンクリートの技術も日本の誇り