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歴史宝箱⑧~伊勢湾台風浸水標識~

未曽有の台風被害を忘れることなく
 

昭和34年9月26日、後に「伊勢湾台風」と呼ばれた超大型の台風が紀伊半島に上陸後、東海地方を直撃しました。名古屋市内(当時の守山市、知多郡有松町と大高町を含む)でも甚大な被害が発生し、1881人が犠牲となり、4万人以上が負傷しました。

現在、緑区内になっている地域でも、伊勢湾に面した(現在の)東海市の海岸堤防が高潮により決壊、海水が一挙に大高町込高地区に流れ込み大高町の住人14人の命が失われました。その時の状況をまざまざと伝えているのが、大高町寅新田の津島社境内に設置された「伊勢湾台風浸水標識」です。この標識の高さは、浸水が最高に達した時の2.5m。なんの飾りもない標識ですが、それを見上げると、この一帯が水に飲みこまれた、すさまじい状況が胸に迫ってきます。

大高町の西側、天白川の河口付近は、17世紀から大高の人々が営々と干拓を続け、農地を増やしてきた場所です。今は工場や住宅地になっていますが、延宝8(1680)年に造られた込高新田堤防の遺構や、「己新田」などという地名に、人々の思いが伝えられています。広々とした平地のこのエリアは、現在も高い堤防に守られているゼロメートル地帯です。浸水標識の横に立てられた解説板には、「(この標識には)伊勢湾台風の被害を忘れることなく、再びこうした惨禍を繰り返さないようにとの思いが込められています」と書かれてありました。(隨)

▲被災30年を記念して立てられた浸水標識