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歴史宝箱⑨~大高道~

家康の「大高城兵糧入れ」をたどる

大高道とは、大脇村(現在の豊明市栄町)から桶狭間村(現緑区桶狭間)を通り、大高村(現緑区大高町)を結ぶ古道です。江戸時代に東海道が整備されるまで、この道は三河から尾張へ向かう戦国時代の幹線道路の一部でした。

1560年に起きた桶狭間の戦いでは、松平元康(後の徳川家康)が、織田軍の鷲津とりで砦や丸根砦などに囲まれて兵糧攻め状態にあった今川方の最前線、大高城へ、奇策を用いて450俵もの兵糧を運び込んだといわれる、いわゆる「大高城兵糧入れ」の時に通ったのも、この大高道といわれています。

桶狭間の戦いは、織田信長の天下取りの第一歩として知られていますが、幼少の時から今川家に人質状態だった当時19歳の家康が、今川義元の戦死などをきっかけに自らも天下取りの戦いを歩み始めたことも忘れてはならないでしょう。

「大高城兵糧入れ」については、『信長公記』『三河物語』『改正後三河風土記』など資料によって、作戦の内容や時期が異なり、まだ多くの謎があるようです。

桶狭間神明社から大高城までの約4.5㌔の道は、今もその多くの部分が生活道路として生きており、当時をしのばせるような緑地も点在しているので、家康の思いを想像しながら、散策してみるのもお薦めです。(隨)

▲桶狭間神明社(桶狭間神明)の入り口に建てられた大高道の解説板と大高道