ロカル緑区 > トピックス > ブログ一覧 > 【緑区の歴史宝箱⑫】直角に曲がる謎の道

トピックス

【緑区の歴史宝箱⑫】直角に曲がる謎の道

鳴海町の「かねのて」

曲尺は、直角定規を兼ねたL字形の金属製物差し。この物差しのように、道が人為的に直角に折れ曲がっている所を曲尺手とか曲手と呼びます。読み方は「かねのて」です。

東海道(旧道)が鳴海町の中心に差し掛かる字相原町と字本町の境に、典型的な曲尺手があります=写真。江戸時代から続く和菓子店「菊屋茂富」が目印。

なぜ道がこのように不自然に曲がっているのかについてはさまざまな説があるようですが、「戦国時代、敵が一直線に城攻めできないようにする工夫の一つ」とするのが一般的。

榊原邦彦著『緑区地方史』によれば、鳴海の曲尺手について言及した文献は宝暦4(1754)年に書かれた『千代倉家日記抄』が最も古いそうですが、榊原さんは、「鳴海の場合は鳴海城が築かれた時代に設けられたのでは」と推測しています。鳴海には作町と山王山にも曲尺手がありますが、こちらは自然の地形に基づくものだそうです。

鳴海には当てはまらないかもしれませんが、軍事目的以外にも、興味深い解釈もあります。それは「経済効果説」。道が曲がっていると、旅人は自然に周囲の店先などに注目するようになり、買い物したくなるというのです。確かに、鳴海の曲尺手では、和菓子の店が気になります。

もう一つは、「参勤交代説」。参勤交代で東海道を行き来する大名行列が、うまくすれ違えるようにという工夫なのだという説です。大名行列の進行の仕方を想像するのは難しいですが、今の交通状況を見ていると、通る車はどれも曲尺手でスピードを落とし、慎重にすれ違っていきます。鳴海の曲尺手は、今もなかなか有効のようです。(隨)