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緑区の歴史宝箱⑩ ~江戸時代の物流の要 扇川~

▲鳴海町作町付近から眺めた現在の扇川

 

扇川は大池(緑区藤塚2)を水源とし、緑区のほぼ中央を南北に流れる全長10km足らずの短い川です。現在は桜の名所として親しまれていますが、『信長公記』の桶狭間の合戦のくだりにも、古名の黒末川として登場し、江戸時代には物流の要として鳴海の繁栄を支えた豊かな歴史を持っているのです。

江戸時代、鳴海の作町には、鳴海村から尾張藩に納める年貢米を集める「郷蔵」と呼ばれる建物がありました。すぐ近くの扇川北岸には、土場と呼ばれる船着き場が設けられており、ここから船で年貢米がお城に届けられたのです。

米だけではありません。炭などのさまざまな物資をはじめ、人の移動手段として、遠くは桑名や四日市、知多半島など、鳴海と伊勢湾を結ぶ航路が広がっていました。鉄道が物流や交通手段の主流になるまで、江戸・明治・大正時代を通して、扇川は人々の暮らしに重要な役割を担ってきたと言っていいでしょう。

明治の初めの記録によれば、鳴海村には50石以上の船が5隻もあり、172石の神徳丸という船まであったそうです。作町の土場の周辺までは、潮の干満の影響を受けていたので、満ち潮の流れに乗って船が川をさかのぼるのを見ることもできました。

ここからお伊勢参りに旅立った人も多いことでしょう。当時の旅人の思いを想像すると、現在の扇川の景色も少し違って見えてきます。(隨)

*「石」は江戸時代の船の積載量を示す単位。1石は約278リットル