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歴史宝箱⑦~雷貝塚~

東海地方の考古学の夜明けを彩った

鳴海町の西部では、縄文時代の海岸線に沿って、いくつもの貝塚が発見されました。鳴海町鉾ノ木の鉾ノ木貝塚のように、原型に近い形で保存されている遺跡もありますが、多くの貝塚は住宅開発にのみ込まれて姿を消してしまいました。

雷貝塚(鳴海町矢切/白山)も、今は案内板が残されているだけです。しかし、この雷貝塚こそ、東海地方の考古学研究の発展に大きな足跡を残す、縄文時代を代表する遺跡でした。

この貝塚は、昭和2年、鳴海球場に通じる道路の建設時に発見されました。それまで、名古屋周辺では、明治40年に発見された高蔵貝塚(熱田区高蔵町)が知られている程度だったので、人骨を含めた大規模な貝塚の発見は日本中の注目を集めました。発掘の中心になった野村三郎氏は鳴海町長を務めた在野の研究者。緑区内の貝塚の発見の多くにこの野村氏が関わっています。

雷貝塚の発掘は、その後何度も行われました。現在の日本考古学に大きな影響を与えている酒詰仲男教授が、昭和17年の『人類学雑誌』655号に書いた論文には、その前年、雷貝塚から屈葬状態の全身遺骨が2体新たに発見されたことが、抑制された文体ながら、興奮に満ちた文章で記されています。

1990年代まで断続的に行われた発掘調査で、雷貝塚は、長径50メートル、短径20メートル、高さ50メートルもの巨大な貝塚であることが分かりました。カキやハマグリなどの貝殻だけでなく、鹿やイノシシ、クジラなどの動物の骨、縄文土器や石鏃など、たくさんの遺物が発見されています。さらには竪穴式住居の集落遺構や葬送儀礼の跡を思わせる30体以上の人骨など、単なる貝殻の集積場ではなく、縄文人の生活を物語る貴重な遺跡であることが明らかになっています。(隨)

 

▲カトリックなるみ教会の裏手に建てられた雷貝塚の解説板