名古屋市緑区まとめサイト『LOCALU(ロカル)緑区』は、
緑区ホームサービスが運営する地域密着型の情報サイトです。

Facebook
Twitter
MENU

ロカル緑区 > トピックス > ブログ一覧

トピックス

ブログ一覧

歴史宝箱③~鎌倉街道(その1)~

「いざ鎌倉!」の街道を探す

幹線道路の建設は、住民の生活の動脈であるだけでなく、その時代の支配者の力の象徴であり、租税を運び、軍事力を動かし、交易で利益を得るために不可欠なものでした。

緑区には、江戸時代に日本で最も重要な道だった東海道が残っています。国道1号とほぼ平行するように続く「旧東海道」は、豊かな歴史を語り続けながら、今でも区民の生活の中に生きています。

しかし、区内には他にも「歴史の道」がたくさん残されているのです。今回は鎌倉街道に注目してみました。

建久3(1192)年、源頼朝は朝廷から征夷大将軍に任命され、武士の頂点としての地位を確立しました。鎌倉幕府が安定し始めると、頼朝は鎌倉から放射状に広がる街道網の建設を始めました。これが後に「鎌倉街道」と呼ばれるものです。

緑区内には、朝廷のあった京都と鎌倉政庁のあった鎌倉を結ぶ「京鎌倉往還道」の断片と考えられる道があちこちに残されています。鎌倉街道が政治・軍事の中心的役割を果たしていたのは、戦国時代の終わりごろまでの400年間。その後は、さまざまな生活道路などに溶け込んで、江戸時代にはすでに、どこが鎌倉街道だったのか明確ではなくなっていたようです。

区内の鎌倉街道は、天白区の野並交差点から南に下り、古鳴海の交差点周辺から始まり、相原郷の諏訪社の前を通り、藤田医科大学の近くから豊明市に抜けるという説が有力ですが、江戸時代から異説も多数。鎌倉山などの地名をヒントに、皆さんのご近所の「鎌倉街道」の遺跡を探索してみませんか? (隨)

▲鎌倉街道がすぐ近くを通っていた新海池。鎌倉時代には谷間だった